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JR東海の事故にみる認知症患者の事故と損害賠償責任
JR東海の事故にみる認知症患者の事故と損害賠償責任
事案
平成19年12月に認知症の91歳の男性AがJR東海の軌道敷地内に立ち入り、列車に衝突して死亡するという事故がありました。
Aと同居しながらAの介護をしていた妻Bが目を離した隙に、Aは自宅を出て、最寄りの駅でこのような事故が起きてしまいました。
JRは、この事故で、運行が遅れたことなどにより損害が生じたとして、Bと、別居しながらAの介護を行っていた長男Cの両名に対して損害賠償を請求しました。
この事件について、平成28年3月1日に最高裁判所の判断が下されました。
結論としては、BとCに損害賠償責任を認めないというものでした。
争点
最高裁判所は、JR東海側が奥さんと長男に損害賠償請求をした根拠である民法714条の監督義務者にBとCの両者が当たるかという点について判断しています。
民法714条による監督義務者の損害賠償責任というのは、法的責任を問うことができない未成年者や精神障害者の行為によって損害が生じた際に、その法定の監護義務を負うものが負担する損害賠償責任のことです。
最高裁判所の判断
最高裁判所は、まず、親子関係や、配偶者関係があるだけでは法定の監督義務者にはあたらないとしました。
その上で、監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情があれば、法定の監督義務者に準ずべきもの(以下「準監督義務者」といいます)として、監督義務者責任を負うものとしました。
この準監督義務者に当たるか否かは、
- 本人の生活状況や心身の状況
- 親族関係の有無、濃淡、同居の有無など
- 財産管理への関与の状況など
- 本人の心身の状況や日常生活における問題行動の有無、内容と監護・介護の実態など
を総合考慮して、衡平の見地から精神障害者の行為に係る責任を負わせることが相当といえる客観的状況が認められるか否かで判断するとしました。
本件では、Bについて、高齢(当時85歳)で自身も介護認定で要介護1の認定を受けている点などを考慮しました。
Cについては事故があるまで20年以上もAと同居しておらず、事故前も月に3回程度しかA宅へ訪問していなかったことなどを考慮しました。
そして、B、CともにAが第三者に対して加害行為をすることを防止するために監督することが可能な状況にあったとはいうことができず、監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情があったとはいえないとして、準監督義務者に当たらないとの判断を行いました。
今後について
今回の判断は人身の損害がなく、JR東海という大企業が、認知症患者を介護する家族に損害賠償請求をしたということからも、B及びCに対してAの責任を取らせるのは妥当ではないという価値判断があったものと考えられます。
しかし、これが人身への損害があり、被害者が個人であった場合等には、被害を被った側の立場を無視することはできなくなってきます。
例えば、認知症患者の方が交通事故を起こし、被害者の方が重度の後遺障害を残してしまった場合に、この損害を、被害者及び被害者のご家族に押し付けることは許されないという価値判断が出てくるのが当然と言えます。
今後、介護をする家族が準監督義務者に当たり損害賠償責任を負うと判断される判例も出てくることになるでしょう。
そのため、認知症患者に損害を与えられた企業や、個人はやはり、JR東海のように、認知症患者の方を介護している方に損害賠償の請求をしていくことになります。
今後、65歳以上の4人に1人が認知症になると言われる中で、認知症患者を介護する方に準監督義務責任を負わせるとなると、介護を引き受ける人が減り、一人暮らしをせざるを得ない認知症患者の数が増え、事故が増える可能性もあります。
そのようなことがないためにも、認知症患者の起こした事故に対する損害をカバーする保険が増々広まることや、行政給付などの仕組みづくりが望まれます。