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最高裁の判断にみる被害者請求における労災との優先関係

最高裁の判断にみる被害者請求における労災との優先関係

 つい先日、交通事故事案における被害者の自賠責保険への被害者請求と、国による労災保険給付後の求償との優先関係について、初めて最高裁の判断が下されました。

 以下では、概要とその関連論点について解説いたします。

最一判平成30年9月27日判決(以下「本判決」といいます。)

【原告(被害者)】 トラック乗務員
【被告】 加害者の自賠責保険会社 ※任意保険は未加入と思われる。
【事故状況】 センターラインオーバーしてきた加害車両と正面衝突。業務災害。
【傷病名】 左肩腱板断裂等
【後遺障害】 左肩関節の機能障害。自賠法施行令12級6号認定
【労災給付】 療養補償・休業補償・障害補償給付を受領。金額不明。
損害関係
傷害部分 後遺障害部分
労災保険給付受領後の被害者の未填補損害額※原審の認定 303万5476円 290万円→12級相当の後遺障害慰謝料
自賠責保険金額 120万円 224万円(12級)
原告の主張 120万円 461万円(10級)
被告の主張 被害者の直接請求権の金額と、労災保険給付により国に移転した直接請求権の金額との合計額が自賠責保険金額を超える場合には、被害者は、その直接請求権の金額が合計額に対して占める割合に応じて按分された自賠責保険金額の限度で賠償を受けることができるにとどまる

判旨

「被害者が労災保険給付を受けてもなお補填されない損害(以下「未填補損害」という。)について直接請求権を行使する場合は、他方で労災保険法12条の4第1項により国に移転した直接請求権が行使され、被害者の直接請求権の額と国に移転した直接請求権の額の合計額が自賠責保険金額を超えるときであっても、被害者は、国に優先して自賠責保険の保険会社から自賠責保険金額の限度で自賠法16条1項に基づき損害賠償額の支払を請けることができるものと解するのが相当である。」

ポイント

 問題は、自賠責保険金における被害者と国の優先関係にあります。

交通事故の被害者は、加害者の加入する自賠責保険に対して、直接請求(自賠法16条1項)をすることができます(①のイメージ)。

また、労働災害(業務災害・通勤災害)である交通事故において、被害者に対して、労災保険の給付金を支払った国は、その支払った価額の限度で、被害者の加害者に対する損害賠償請求権を取得するとされています(労災保険法12条の4第1項。②のイメージ)。

①労災事故でない場合(例:傷害部分)

労災事故でない場合(例:傷害部分)

②労災事故の場合(例:傷害部分)

労災事故の場合(例:傷害部分)

 上記の②の例では、労災補償給付後、労災保険法12条の4第1項により移転した直接請求権の金額(60万円)と、被害者の未補填の損害に関する直接請求権の金額(交通費・休業損害・慰謝料等の合計)との合計金額が、自賠責保険金額の枠内(傷害部分120万円)に収まっているため、特に問題ありません。

 この合計金額が、③のように、自賠責保険金額の上限を超えた場合に(すなわち、被害者と国の双方が満額を回収することはできない場合に)、被害者の直接請求権が優先するのか、それとも、両者は支払金額の割合に応じて案分されるのかというのが今回の問題です。

③労災事故の場合(例:後遺障害部分。合計金額が自賠責保険金額を超える)

労災事故の場合(例:後遺障害部分。合計金額が自賠責保険金額を超える)

 この点について、本判決は、被害者と国との請求権はその価額の割合に応じて按分されることはなく、被害者の直接請求権が優先すると判断しました。

 すなわち、被害者は、③の例において、後遺障害部分の損害額計590万円のうち290万円について未填補の状態であるため、後遺障害12級の自賠責保険金額224万円全額について、労災保険給付をした国に優先して、自賠責保険に対して直接請求を行うことができます。

 最高裁は、この理由について、次のように説明しています。

「(1)自賠法16条1項は、同法3条の規定による保有者の損害賠償の責任が発生したときに、被害者は少なくとも自賠責保険金額の限度では確実に損害の填補を受けられることにしてその保護を図るものであるから(同法1条参照)、被害者において、その未填補損害の額が自賠責保険金額を超えるにもかかわらず、自賠責保険金額全額について支払を受けられないという結果が生ずることは、同法16条1項の趣旨に沿わないものというべきである。(2)労災保険法12条の4第1項は、第三者の行為によって生じた事故について労災保険給付が行われた場合には、その給付の限度で、受給権者が第三者に対して有する損害賠償請求権は国に移転するものとしている。同項が設けられたのは、労災保険給付によって受給権者の損害の一部が填補される結果となった場合に、受給権者において填補された損害の賠償を重ねて第三者に請求することを許すべきではないし、他方、損害賠償責任を負う第三者も、填補された損害について賠償義務を免れる理由はないことによるものと解される。労働者の負傷等に対して迅速かつ公正な保護をするため必要な保険給付を行うなどの同法の目的に照らせば、政府が行った労災保険給付の価額を国に移転した損害賠償請求権によって賄うことが、同項の主たる目的であるとは解されない。したがって、同項により国に移転した直接請求権の行使が妨げられる結果が生ずることは、同項の趣旨に沿わないものというべきである」

関連論点:健康保険との優先関係

 本判決に先立って、国による公的給付の求償と、被害者の直接請求の優先関係について判断したものとして、最判平成20年2月19日があります(以下「平成20年判決」といいます。)。

 この事案は、交通事故の被害者に対し、老人保健法(平成17年法律第77号による改正前のもの)25条1項に基づく医療の給付をした大阪市長が、同法41条1項に基づいて、被害者の自賠法16条1項の直接請求権を取得したとして、自賠責に直接請求権を行使した翌日、被害者が同じく自賠責に自賠責保険金額全額の支払を求めたものでした。

 この平成20年判決においても、本判決とほぼ同様の理由で、被害者の権利の優先性が認められており、同趣旨の規定を置いている国民健康保険法においても、同様の結論になるものと解されます。

留意点

①遅延損害金の充当との関係

 自賠責保険金は、加害者に対する損害賠償請求権のうち遅延損害金から充当されるのに対し(最判平成16年12月20日)、労災保険給付の場合は、各損害項目の元本との間で充当されるため(最判平成22年9月13日、最判平成27年3月4日等)、事故日から給付日までの遅延損害金が生じないことになります。

 後遺障害等級が高い場合等、自賠責保険金額が高額になる場合、遅延損害金だけでも数十~数百万円に上る場合もあるため、自賠責保険を先に受領したほうが被害者の方にメリットがあります。

 しかし、以下に述べるとおり、今後は若干の注意が必要かと思います。

②加害者が任意保険未加入の場合

 加害者が任意保険に加入している場合、基本的に対人賠償責任保険の上限は無制限と設定されていることが多いため、本判決のような問題は出てきません。

 平成20年判決の事案は、加害者は事故当時18歳で、任意保険に加入していませんでした。

 本判決について、判旨からは明らかではありませんが、おそらく同じように任意保険未加入の事案ではないかと思われます。

 このように加害者が任意保険未加入の事案では、被害者としては、先に労災保険等の公的給付を受領すべきか検討することになります。

 労災保険法12条の4第2項では、「前項の場合において、保険給付を受けるべき者が当該第三者から同一の事由について損害賠償を受けたときは、政府は、その価額の限度で保険給付をしないことができる」と規定されており、先に自賠責保険に対して直接請求権を行使して保険金を受領してしまうと、同項により、労災保険給付を減額されてしまう可能性があります。

 請求の順番で被害者の受領金額が異なるのも不当ですが、この点については、本判決では触れられてはいないため注意が必要です。

③被害者の過失がある場合

 この点については、今回は割愛しますが、労災保険給付については控除前相殺説が採用されていること(最判平成1年4月11日ほか)、相殺にあたっても費目間拘束がなされること(「損害と同性質であり、かつ、相互補完性」を有する損害費目との間でのみ損益相殺的処理が許されること。最判昭和58年4月19日ほか)、自賠責においては重過失減額の制度が採用されていること(「自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準」(平成13年金融庁・国土交通省告示第1号)参照。)等からして、加害者が任意保険に加入している場合であっても、被害者の過失が大きい場合には、まず労災保険給付を受領した後に、(任意保険会社との交渉をせずに)自賠責保険へ直接請求をすべき場合が出てくるかもしれません。

④保険金限度額のある任意保険の場合

 本判決は、あくまで自賠責保険と公的給付の関係について論じたものになります。

 これと異なり、例えば、自賠責保険のない自転車による加害事故において、かつ、加害者の火災保険等に付帯された個人賠償責任保険(保険金額2000万円)との関係で、労災保険給付をした国の求償権と、被害者の損害賠償請求権とが競合した場合については、本判決の射程外といえます。

 自賠責保険における被害者保護の趣旨を重視すれば、あくまで任意保険に過ぎない以上、この場合は案分での処理が妥当するとも思えますし、本判決で触れられた労災保険の求償制度の趣旨を重視し、かつ、自転車事故等には自賠責保険のような被害者保護の制度が存在しないことからすれば、反対の結論もあるかもしれません。

 この点につきましては、正直不勉強な状態ですので、何か分かり次第ご報告いたします。

参考文献

  • 『損害保険の法律相談Ⅰ〈自動車保険〉』(青林書院・2016年)208-214頁
  • 最判解民平成20年度(上)111-120頁
  • 判例タイムズ1268号123頁
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